親が健康であること、これは何物にも代え難い

自身が健康であること、これは何物にも代え難く、また自身の資産運用においても切り離すことは出来ない重要なものです。

さらに家族の健康についても同様の事が言えるのですが、今回は自身の健康の低下から親の健康も心配だ、という事を踏まえた上で、いつか避けられない部分について少しだけ記述します。

私が年齢を重ねたことによって、加齢していく際の基本的な健康の悪化を実感する

私も30代という年齢になり、健康のレベルが落ちてきたと日々実感しています。これは体も勿論のことですが、脳の性能についても劣化傾向にあり、20代で出来た事が今は時間を要する場合が増えてきたという実感があり、これによって徐々にスペックが落ちてきている自覚があります。

ここから年齢を重ねると更に劣化していくことは確実であり、スペック低下というものは行動によってある程度緩和することが出来るにせよ、基本的な部分は劣化していくという原理については、どうやっても避けられない事項です。

つまりこのような実感があり、年齢による健康の悪化については仕方がない領域であることを、日々重く実感しています。言わば体験によって健康を重要視してきている事になるでしょうか。

親も年齢の増加は避けられない

私の親は、私と比べると一回りに近いほどの年齢です。私の体の状況から考えたとしても想像が付かない所もありますが、必ず言えることは健康の基本値は低くなりつつあるという事です。その状況でも基本的には健康体であり、病気は今のところしていません。しかし年齢を重ねるにつれて、私と同様に健康は少しづつ弱くなりつつあるでしょう。

そのため、いつか介護の必要が生じる可能性があることは視野に入れねばなりません。そして一言で介護と言っても制度は複雑であり、介護保険などはあるにせよ認定条件などが存在します。

私が何らかの金銭的、物理的サポートを行うか、施設への入居を視野に入れるなど、感情的な話を抜きにして考えなければならない重要事項です。そして金銭的なやり取りが発生する場合、かなり多くの金額が必要になります。

そうなると私の給与だけで賄う事ができるか、というと確実にNoです。親族への相談が必要になる可能性が高く、またその頃には親族全体の年齢も上昇しているため、介護費に関する話はタケノコのように出てくる場合だって考えられる。

そういう事もあって、年齢を重ねるにつれて親の介護ということも視野に入れる必要が出てきたと思う所があります。もし親の介護が必要になった場合、どれだけの費用が発生する可能性があるのか、私のキャッシュフローからどれだけの額がギリギリ捻出することが出来るのか、その視点を含めた話です。ただし不確定要素が強いので、予測は非常に困難ということも事実としてあります。

お金が絡む打算的な観点から見た場合でも、親が健康であるということは何事にも代え難く、感謝しなければならないのだなと強く実感しています。そして今は大丈夫ですが、将来に向けてその資金を用意しておく必要があり、また忘れがちですが投資はそのために行っている部分があるということを、思い起こす必要があります。


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