投資とはとても奥が深いもので、深すぎるが故にその底というのは全く見えません。
また投資は複雑に絡み合った政治や経済、情勢などが絡むことから、常に不確定要素が支配するもので、将来の事は決して分からないのですよね。
そして投資と言ってもそのカテゴリは多数存在する訳です。例えば株式投資であったり、債券、不動産、金などのコモデティなどが挙げられますが、どれも複雑に絡み合った癖のある特徴をもつため、全てが奥が深い。
そう、奥が深いゆえに、投資は勉強するのに何かと時間が掛ります。どれに勉強を絞るかによっても変わってきますが、しかし複雑に絡み合っているため、奥を見ようとすればするほど、他のカテゴリにも手を出す必要が生じてしまうというのが厄介です。
これを一つの例に当てはめると、上記で挙げた株式、債券、不動産、金などは全て「金利」が大きな影響を与えるため、詳しく理解するためには金利というものを学ぶ必要があります。
金利が動いた場合には、どの投資にどれ程の影響が生じるのかという点が主体となってきますが、でもこの金利というのは経済が絡むこともあって、その金利が動くための条件とはいかなるものかを調べなければなりません。
この通り、金利だけに視点を絞っただけでも数多くの視点を増やさなければならず、その規模は広く、そして深いです。
これらを学ぶためには、本やネットなどを駆使して、時間を消費する必要がありますが、前述のその範囲は通り広くて深いため、非常に多くの時間を要します。
そして仕入れた知識が大きく投資のリターンに貢献されるかというと、そうでもない。なぜなら将来は不確実という世界が前提のもとで、投資する対象と仕入れた知識、そして自身の環境によって千差万別となるからです。
この様なこともあって、私は投資に対する勉強については沼の様な感覚を覚えることがあり、時間が勿体ないと思えることがしばしばあります。投資の勉強はもちろん面白く、そしてワクワクはしますが、これに使用した時間を別の事に割り当てていれば、また別の事が出来たのではないかと思ってしまうのです。
今まで仕事に関連する知識を入れていたのであれば、もしかすると新しい提案が出来るような技術的な知識を広く得られたかもしれませんし、給与に影響が出るような事があったかもしれません。投資の勉強に費やした時間は何千時間なのかは不明ですが、このエネルギーを他に割り振った方が良かったのかもしれないと、後悔することもあります。
でもまだ私が投資という領域で立っているところというのは、初心者であると言っても過言ではありません。いや、初心者なのかも分かりません。幾ら本を読んでも、知識を仕入れても、時間を消費しても、あるていどの底を打つという感覚が全くないのですよね。
ただ投資というのはこれが面白いという事ではあると思ってはいますが、それが沼の様に底がなさそうだ、と感じる所があるため、自身の生活に投資をいくら挟むかというバランスが難しい、といつも考えています。
そして最後に、投資の初めでインデックス投資を学び、それを実践して後は別の事に時間を割く。将来はこの様な流れがスタンダードとなれば、それは面白そうだと妄想するのが、本を読んでいて思うところです。